ある世界

この世界では、死において自殺者は明確にわけられている

 

具体的には、自殺者に遺体は残らない

 

その代わりに、1枚、遺書が残される

 

なぜそうなるのかは誰にもわからない

 

ただ人々はそのことを受け入れて生活している

 

私の姉は今までに3回死んでいる

 

そして3回生き返っている

 

一つ言い忘れてた。この世界の自殺者は生き返れる

 

死後1ヶ月に限りだが

 

 

最初にお姉ちゃんがしんだとき、私たち家族は狂った様に泣いた

 

母も父も私も祖母も

 

遺体などない

 

姉の部屋には噂の紙が1枚あっただけ

 

その紙には振られた男子へのポエムがぎっしりと行間を詰めて裏表に書かれてた

 

身近にこういった経験のなかった我が家は、姉を思い三日三晩泣き続けた

 

そんな三日目の晩、姉は帰ってきた

 

「ただいま」

 

玄関からその声が聞こえた瞬間、母は世界で一番早足でその声に向けて走りだし、私達が到着する頃には世界で一番泣いていた

 

玄関で姉は潰されそうなほどに抱きしめられ、本人も溶けそうなほどに泣いていた

 

姉は俗にいうメンヘラだった

 

きっと彼女には特別な世界が見えていて、その世界には家族の愛情ですら届かないようだった

 

 

その後家族には平穏が戻り、姉も不安定ながら社会の中で生きていた

 

前よりは笑顔も増え、もう心配はいらないかと思っていた2年半後

 

姉の部屋にはまた例の紙が一枚置かれていた

 

そこには一言こう書かれていた

 

「私は幸せになっちゃいけない」

 

 

私たち家族も今度は前回のようには泣かなかった

 

心のどこかで(姉はまた帰ってくるのだろう)と思っていた

 

そして実際に、姉は6日後に帰ってきた

 

帰って部屋で普通に眠っていた

 

「お母さん、お姉ちゃんが部屋で寝てる」

 

そういう私に、母は優しく微笑みウインクをした

 

慣れとは恐いもので、大切な家族を一時的でもこの世界から失ったはずなのに

 

みんな信じられないほど穏やかに姉を迎え入れた

 

久しぶりの家族全員での朝食で、母は姉に語りかけた

 

「おかえり」

 

「ただいま、今回は1週間粘ろうと思ったけど、やっぱりダメだった」

 

「『そっち』はどんな世界なの」

 

「同じだよ、何も変わらない。この家もあるし近所のスーパーだってある」

 

「え、食べ物とかもあるの?」

 

「あるよ、スーパーにいって食品を持って帰って食べるの。次の日にいったらなぜか商品は補充してあるし」

 

「でもお金はどうしてるの、あなたバイトしてないじゃない」

 

「お金なんていらないよ、誰もいないし」

 

味噌汁を飲んでいた父が驚いた表情で姉を見た

 

「お前、商品を盗んでるのか」

 

「盗むとか、そういう次元じゃないの。夢だと気付いて夢を見てるのに、近いかな」

 

父は納得行かないといった感じで首を捻った

 

「けっこう居心地いいよ、だってお父さんを差し置いて一番風呂できるし」

 

「しんでるくせに風呂にも入ってるのか!」

 

ここで母が吹き出した

 

私は不思議で仕方なかった

 

姉はまるであっちの世界を楽しんでいるようだった

 

 

その後、姉は大学生になって上京した

 

当然心配だったが、向こうでは彼氏を作って楽しくやってるとは聞いていた

 

しかし、そんなある日その彼氏から激しく動揺した様子で連絡がきた

 

「落ち着いて、落ち着いて!自殺?自殺なの?」

 

母がまず聞いたのはそこだった

 

彼によると遺書には自分に対する不満-その全てはもっと愛してというものだったらしい-がびっしりと書かれていたそうだ

 

私はその話を聞いてすごく嫌な気持ちになった

 

姉は「死」を利用している

 

自分が死ぬことで残された人の関心を惹いて、満足している

 

それは決して健全なことには思えなかった

 

そして案の定、3回目の死から20日後、姉は彼の元に戻ってきた

 

彼は泣きながら歓喜の電話をかけてきたが

 

正直私たち家族は呆れていた

 

あっちの世界でほくそ笑みながら暮らす姉なんて、想像したくもない

 

 

結局姉はその後彼に愛想を尽かされ、大学も辞めて実家に帰ってきた

 

しかし私は前の姉と同じようには接せられなかった

 

家族もまるで腫れ物を触るように、姉とあまり親しく接しなかった

 

それは少しでも思い通りにいかないと「死」を選んできたことに対する代償だった

 

それでも姉はやけに病的に明るく、部屋にこもってはインターネットで発表するためのイラストをせっせと描いているようだった

 

本人は楽しそうだったので、私たち家族はあきれながらもそんな姉を見守っていた

 

そしてこの2月1日、姉はまた死んだ

 

今度の紙には一言

 

「またしんできますw」

 

とだけ書かれていた

 

もう完全にふざけてる。最後のwとか私たちをバカにしてるとしか思えない

 

今度は私たち家族は誰も姉のことを心配しなかった

 

遺書は机に置かれたまま

 

10日

 

20日

 

日はあっという間に去っていた

 

25日を過ぎた頃、母が焦り始めた

 

「あの子、一体何してるのかしら…」

 

それでも時間は過ぎていく

 

26日、27日、

 

ここにきてさすがに父も慌て始めた

 

「あんな態度をとるんじゃなかった」

 

そして迎えた28日。今年はうるう年じゃない。この日で姉の1ヶ月は終わりだ。

 

その日は朝から家族がざわざわしていた

 

まるで祖母が危篤状態だったあの日のような空気だった

 

「俺が死んだら、あの子を救いにいけるのか」

 

父は泣きながらそういった

 

あんな姉でも、やっぱり家族からはこんなにも愛されていたのだ

 

私も涙が止まらなくて、もしかしたらひょんと姉がいるんじゃないかと思い、姉の部屋に入った

 

しかしそこに姉はいなかった

 

なんでこんな気持ちにならないといけないんだ。そう思いながら姉の部屋にあるカレンダーをふと見た、次の瞬間、私は母を叫んで呼んだ

 

姉の誕生日は2月29日

 

姉の部屋のカレンダーは、28日で終わっていなかった

 

28日の次の日に手書きで書かれていた

 

『29日』

 

その下には『誕生日』と書き足されていた

 

私は泣きながら叫んだ

 

「お姉ちゃん!!!!!帰って来て!!!!!!その日は来ないよ!!!!!!」

 

私には見えた。姉は今この瞬間、同じこの部屋で、29日が来るのを待ってる

 

家族みんなで楽しかった誕生日。姉はその日がまた来るのを待っている

 

私たち家族は声が枯れるまで姉の名を叫び続けたが

 

とうとうその日

 

姉が帰ってくることはなかった

 

 

姉が今どうしているのかはわからない

 

もしかしたら本来の寿命まで、その「一人きりの世界」を生きているのかもしれない

 

イラストを描いても、誰も見てくれない世界

 

どんなにおしゃれをしても、誰も振り向いてくれない世界

 

考えただけでつらくなるから何も考えないようにしてる

 

それでも不意に、この一言が浮かんでくる

 

お姉ちゃん、帰ってきて